届いたマシュマロ
コメント欄は受信トレイではない
コメントが少ないうちは、一人ずつ返しながらゲームも進められる。増えてくると、返事の順番を守るために、何度も過去の話題へ戻ることになる。
飛ばした相手を傷つけたくない、無視したと思われたくない。その不安から丁寧に返しているうちに、ゲームも今の会話も止まってしまう。
マロ主が「ゲームをもう少し進めてほしい」と伝えるべきかも話題になった。ただ、読み方は配信スタイルの話。音声ミュートを知らせるような、不具合報告とは違う。
感想を持つのは自然でも、その配信を自分好みに変えてもらうかどうかは、別に考えたい。
リスナーの意見
読まれなくても気にしない人もいれば、「スルーされると寂しい」「嫌われたのかと考えてしまう」という人もいた。同じスルーでも、受け止め方は揃わない。
ただ、配信内容によっては進行を優先してほしいという声が多かった。雑談ならコメントと話してほしい。ゲームや作業、物語を見ているときは、その続きを見たい。特に、過去のコメントへ何度も戻る読み方には否定的な意見が目立った。
15分後に読まれても、送った側も何の話だったか分からない
遡っている途中で一部だけ飛ばされると、かえって不公平感が強くなる
会話というより、コメントを処理しているように見える
今の話題に合わないコメントは飛ばした方が、配信全体は見やすい
読むなら、今の話題に合うもの、話を広げるもの、ほかの人も入れるものから。そんな選び方が挙がった。長い自分語りや終わった話まで拾い続けると、一部の常連だけが話す配信になりやすい、という指摘もあった。
そこへ、こんなコメントも出た。
コメントちゃんと読め勢は、俺のコメントだけは読め勢だから。
「全員のコメントを読んでほしい」に、自分を見てほしい気持ちが混ざることもある。公平さを求める言葉でも、その中身は一つとは限らない、という指摘だった。
マロ主が配信者へ伝えるかどうかには、「伝えない方がよい」という声が多かった。改善案を求めていない相手には、「プロデューサーのように口を出されている」と感じさせるかもしれない。
音声ミュートや画面停止なら知らせる。でも、コメントの読み方やテンポは配信スタイルの話。求められたときに答えるくらいがよい、という考えだ。
一方、本人が意見を募集しているなら伝えてよいという声もあった。募集していなくても、採用を迫らず、一度だけ非公開で感想を送るなら、改善の材料になるのではないかという意見も出た。
コメントを飛ばすことは、人を飛ばすことではない
コメント交流が中心で、ゲームが会話のきっかけなら、全読みで楽しめる配信もある。その場合は、配信者と見る側の好みが合うかどうかの話になる。
一方、本人もゲームを進めたいのに、飛ばしたら嫌われるという不安で全読みしているなら、読み方を変える余地がある。
コメントを飛ばすことは、人を飛ばすことではない。
一人に返している間も、ROMを含むリスナーが同じ配信を見ている。すべてのコメントに返事をするためにゲームを止めれば、ほかのリスナーも再開を待つことになる。
山場やムービー、重要な選択肢ではゲームを進め、区切りでコメントを拾う。今の話題に合うものや、新しい視点をくれるものから会話を広げる方法もある。
意見を求められたら、どの場面でゲームや会話の進行が止まって見えたかを伝える。求められていないときは、その人の配信として受け止め、自分に合う距離で見る。
まとめ
コメントを全部読むかどうかだけで、丁寧さは決まらない。今のゲームや話を、見ている人と一緒に楽しめる読み方を選びたい。
なお、この日の配信は本題開始まで約2時間を要した。理論だけでなく、実演による査読まで完了している。